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2018年11月04日

イラン&ロシア旅行記〜5日目、ケルマーンシャー観光から、クルド本流・サナンダジへ!編〜

2018/4/30(月)

10時起床。
昨晩の夜更かしと、絨毯の上の布団が気持ちよすぎて寝すぎ。
起きたらハサン君とモハンマド君で朝食を作ってくれた。
10:30のブランチは、刻んだトマト入りの卵焼き+ナン。
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「俺らは貧乏なので毎日こいつを食べてるんだ」とのこと。
栄養偏っとるね。。

食後のんびりしていると、「スイカ食おうぜ!」と家を飛び出したシャーリア君。
大玉一個、40,000Rls=104円。
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驚くほど安いのに、日本と変わらないくらい甘い。
スイカ切るのに使った包丁がめちゃくちゃかっこよかった。
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ちなみにこちら彼らのシェアハウスの玄関。
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イランの電気メーター
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ガスメーター
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職業柄、載せたくなってしまっただけである。

食後にのんびり談笑していると、
「そうだ、これからウチの大学に行こう!教授にkazuyaを紹介したい!クラスのみんなも喜ぶはずだ!!」
と相変わらず強引なハサン君。

現地の大学を見るのも面白そうなので、ついていく。
家の前の通り
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前日の雨のせいか、そこら中に水たまりがある。
「swimming poolだ!Kazuya泳ごうぜ!」とか意味不明なお誘いを受け、他の2人は大ウケだった。
はて。

さて、家から10分ほど歩いた所に、ハサン君の通う大学はある。
ジャハッド大学、というらしい。
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学生はみな一様にエントランスてガードマンに学生証を提示して入場。
こりゃ、部外者の俺が入れるわけないやん、と思ったが、
ハサン君は守衛に、意気揚々と
「日本からの俺の友達だ!入っていいよね?」と打診するも、あっさり撃沈ww

だがあきらめきれなかったハサン君は教授のところまで行って許可をもらおうとしたが、やはりNG。
そりゃそーだwww
残念そうなハサン君、どの辺に勝算があったのか。。

ちなみに帰路道中、大雨に降られる。
ただ単に散歩してずぶぬれになって帰ってきたw

12:50頃部屋に戻り、再度休憩。
シーシャ(水たばこ)を吸いながらしばし談笑
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↓こちらがシャーリア君ね
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13:30、折角なのでみんなで観光に行こう、ってことで街へ。
途中「日本の建物に似ている通りがあるんだ」と紹介された↓
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確かに左の建物の二階部分、庇があったり窓に柵があるあたり似てるかも。
どっちかというとブータン建築の方が似ているかも。

そのまま裏通りを進むと、廃墟群。DSC_0968.JPG
どうしたらこんなに廃れるんや、って感じだけど。。
解体工事を途中で放棄したようにしか見えないw
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「これ↓は新築アパートだ!」
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ん〜確かに小奇麗。
これなら住めるかなw

ショートカットの裏通りを抜けると、メイン通りに。
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地元民がいろいろと穴場スポットを案内してくれるのはいいんだけど、他人に頼った旅は往々にして鮮明な記憶には残らない。
そこが残念。

途中バザールにも連れて行ってくれた。
14時なのに、あまり栄えてはいなかったw
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バザール天面の明り取り。電気がない場所の知恵ですね。
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中東と言えばスパイスとドライフルーツ、ナッツ類。
どこのバザールももれなく売っている。
試食し放題。
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そういえば散歩しながら話したけど、イランには国内自動車メーカーが複数あるらしい。
確かに街を走る車に、聞いたことのないメーカーが多い。
外車としてはプジョーが優勢、TOYOTA車は本当に時たま。
ハサン君曰く、
「庶民は大抵イラン産のポンコツ車に乗っているよ、ちょっと金を持っている人はプジョーなど外車を選択する。
 TOYOTAを持っている人はほんの一握り、ホンマモンの金持ちだね!でもみんなTOYOTAに乗ることが夢だよ!
一番人気はランドクルーザーかな!
あれはかっこよくてパワフル!」
なるほど。。
俺はよくわからんがw

さてしばらく歩くも道に迷った様子w
その辺のおっちゃんに聞きながら・・
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14:00、ついに到着。
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テクヤ・マーワン・アルモルク
(Tekyeh Moaven al-molk/Persian:تکیه معاون الملک)
※日本のガイドブックやらwebサイトには表示がないため、カタカナ表記が正解かは不明!w

シーア派のモスクで、ムハッラム(イスラム教国が採用するヒジュラ暦でいう1月)にホセインの殉教を記念して大規模な祈りがささげられる場所。
ホセインとはイスラム教シーア派の人々が最も敬愛する、第3代イマーム・ホセインのこと。

世界史を思い出そう。
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7世紀にイスラーム教を興したのは、預言者ムハンマド。
彼の死後、今後はだれがトップとなるか?でイスラム世界は混乱。
教団崩壊は避けねばなるのとの総意から、
「アブー=バクル」が選ばれた。
その後ウマル⇒ウスマーン⇒アリーが世を治める。
この4人の時代は632〜661年。
イスラムの理念が政治に正しく反映されたとの評価から、「正統カリフ時代」とよばれた。

そのまま順調に進んでいくかと思いきや、4代目アリーは3代目ウスマーン暗殺の黒幕と一部でみなされ、ウスマーンと同じウマイヤ朝出身のムアーウィヤはアリーをカリフと認めず自らをカリフと名乗る。

怒ったアリーはムアーウィアを倒すべく戦いを起こすが、ウマイヤ朝側の停戦要請を受け入れ。
それに不満を持ったハワーリジュ派という一派に暗殺されてしまうアリー氏。。
ということで、ムアーウィアが唯一のカリフに。

するとやっぱりアリー派は不満。分派は不可避。

ムハンマドが打ち立てた「慣行(スンナ)」や教えを受け継ぐことを重視した【スンナ派】と、
ムハンマドの血統を受け継ぐことを重視した【シーア派】に分裂。

スンナ派がウマイヤ朝のムアーウィアが属す方で、
シーア派がアリーが属す方ね。

アリー亡き後のシーア派はその子ハッサンを2代目イマーム⇒ハッサンの弟・フサインを3代目イマームに指名。
フサインは「ウマイヤ家のカリフは認めねぇ!」ってことで680年、イラクの都市・カルバラーで挙兵。
これが「カルバラーの戦い」だが、発起人のフサイン軍は敗北、殺害された。

ウマイヤ家はこの勝利によって、世襲王朝としてのウマイヤ朝を確立。
シーア派の人々にとって、これは正義が悪に敗れた悲しむべき日であり、それから毎年この日に彼の死を悼んで祭り「アーシュラー」を行っている。
(↓以前の記事も参考に!)
http://namo0622.seesaa.net/article/386727261.html

長くなったが、折角なので補足。
世界のイスラム教人口は約16億人。
うち9割がスンニ派だが、イラン国民の9割はシーア派。

実は教義に大差はない。
スンナ派のお祈りの数は1日5回、シーア派は1日3回。
シーア派の人に言わせると、「お祈りは回数より信心の深さ」w

でもやはり一番の違いは上述の「アーシュラ―」を行うかどうかかな。
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話を戻そう。。
入って階段を降りると、正面の門。
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緻密なモザイク画。色使いも美しい。
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そういえばもう一つ、シーア派とスンナ派の違いがあった。
イスラームの教義に「偶像崇拝の禁止」というものがある。
「崇拝の対象はただ一つ、唯一神・アラーのみ。それ以外の生き物を絵にすることは、その「絵」が崇拝の対象になってしまうので、具体的な生き物や人物を描いてはいけない」
というもの。
スンナ派はこれに忠実で街に偶像が描かれていることは少ないが、
シーア派は意外に寛容で、上記写真のように人の顔が描かれていることもしばしば。
偶像が描かれていて、違和感を感じることがたまにある。

またまたそれてしまった。。
庭を通って、中へ!
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写真はやや暗いが、きれいなタイル装飾に、
先述「カルバラーの戦い」の様子が描かれている。
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以下の写真で顔を布で隠しているのが、ムハンマド。
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偶像崇拝禁止のため顔を隠しているわけだが、それ以外の人がすべて顔まで描かれている中、隠す意味はあるのか。。
戦いの様子は克明に描かれれている。
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地元の参拝客も多数。
ハサン君と一枚。
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残りの二人とも。
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相当神聖な場所なので写真撮影は憚られるかと思い気や、写真好きな地元民。
パシャパシャ撮りまくり、そこらじゅうでセルフィーw

ドームの奥には、更に庭が。
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こちらはこれまたきれいなタイル装飾。
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kazuya、そこに立て!
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ポーズ決めるから撮ってくれ!
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今度は二人で!
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この角度が一番クールだ!
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とかとか、思い思いにw

隣にはミュージアムもあって、この地域で出土した品々や武具などが展示され、
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ケルマンシャーの文化を紹介しておりました。
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入場料は150,000Rlsだったらしいが、こちらも払っていただいてしまった。。

しばらく歩いてお次。
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立派な金曜モスク、マスジェデ・ジャーメ
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こちらの目の間にあるのが、次の目的地。

ビグラー・ベイギ・テクヤ(Biglar Beigi Tekyeh)と読むのかな?
現地人は無料なのに観光客は金がかかる、ってことで、
「Kazuyaは地元民のふりをしとけよ、入場料なんて払う必要ないから!」
ということでしれっとスルーしようと思ったが、速攻ばれて怒られたww
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この庭園の先にあるモスクが見所。
いざ内部へ!!
壁からドームまで、目がちかちかするほど鏡のタイルで埋められている。
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お祈りの時間でもなく外も暗いのでそのギラギラ具合がよくわからないけど、
これを建てた人の自己顕示欲の強さは容易に想像できるほど。
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ここでも仲良く写真パシャパシャ。
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モスクと言えば当然のふかふかカーペット。
のんびりするのにぴったりです。
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ちょっとズームしてみると、鏡のタイルが規則性をもって緻密に並べられているのがよくわかる。
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ちなみにここにはいくつか絵画も置いてあって、ミュージアムとしても使用されているとか。

やはりモスクは楽しい。
ずーっとのんびりしていたいわ。

だが終わりがあるから旅は楽しい。
観光を終えて16:00、いよいよお別れの時。
3人に深くお礼。
「ずっとケルマーンシャーに残ってくれ!」と懇請されたが、他の町も訪れたいのでさすがにお断り。
親切にもタクシー代まで出してくれ、バス停まで送ってくれた。
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次の目的地のバスを探し、奥の席を確保してくれ、運ちゃんに目的地説明の上運賃まで払ってくれ、更にバスに乗っている間に、と水まで買ってくれた。
終始心底親切にしてくれ、さすがに別れが惜しくなった。

ということで16:30、ケルマーンシャーを出発。
結局街の地理を覚えてしまうほど歩き回ることはできなかったけど、とても思い出深い街になった。
いつか必ず戻ろう。

車内では読書をして過ごし、
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19:00頃、お次の街に到着。
日本のガイドブックには到底載りえない、
「サナンダジ(sanandaj)」という町。
もはや「地球の歩き方」に活躍の場はない。

イラン北西部にあるクルディスタン州の州都。
人口は約39万人で、そのほとんどがスンニ派のクルド人だとか。

ちなみに「クルド人」ってよく聞くと思うが、よく理解している人は少ないのでは。

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クルド人は、クルディスタンと呼ばれる、「トルコ東部」「イラク北部」「イラン西部」「シリア北部」と「アルメニアの一部」に跨る地域に住む、独自の国家を持たない世界最大の少数民族。
人口は2,500万〜3,000万人ほど。
中でもトルコやイラン、イラクに多く暮らしており、実は日本(埼玉の川口や蕨)にも600人ほどのクルド人が住んでいるとか。
宗教は大半がイスラム教スンニ派。

もともとは巨大なオスマン帝国の中にあったクルディスタンという国の民であったが、
第一次世界大戦でオスマン帝国が敗れると、1916年、英仏が結んだ秘密協定「サイクス・ピコ協定」に基づき恣意的に国境が引かれ、クルディスタンは、トルコ・イラク・イラン・シリア・アルメニアの5ヵ国に引き裂かれた。
これと同じように分断され、現在にも問題を残しているのがパレスチナ問題。
本当に当時の英仏は碌でもない。
それ以来クルド人は、自治・独立のために戦い続けている。

ちなみに敗れたオスマン帝国の主たる後継国家であるトルコにはもちろん、クルド人が一番多い。
ただ、独立後のトルコは「単一民族主義」を採ったため、クルド人としての教育などの権利が認められず、これに反発したクルド人たちが結集し、クルド人独立を掲げるクルド労働者党(PKK)を発足。
武装闘争を繰り広げ、トルコや米国からテロ組織に指名された。
イラクでもクルド人虐殺が行われており、まさに「悲劇の民」。
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なんだかイスファハンで見たアルメニア人と同じような感じで悲しくなる。
早く戦争のない世界が実現されないかしら。

さて少し脱線したが、ケルマーンシャーからのバスは町の中心に到着。
この辺だろうとおろしてもらう。

え〜っと目的のホテルは。。とロンプラをめくっていると早速優しいおっちゃんが世話を焼いてくれる。
なるほど道理でロンプラの「サナンダジ」の町の説明文冒頭で

「めちゃくちゃ親切なのがイラン人の標準だとはいえ、サナンダジは中でも特筆すべき程親切な街である」

と書かしめた場所だけある。

一軒目、ホテルカジ。
なかなかいい場所にあったが、wifiが使えず、予算も合わず、しかも珍しくオーナーが冷たかったので断念。
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もう一軒あった安宿、ホテルヘダヤットに決定。
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バスルーム付きのシングル、1泊700,000Rls=1,820円。
↓こちら価格表
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フロント。
陽気な店主が、いろいろと観光相談に乗ってくれた。
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廊下を抜けて
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部屋はこんな感じ。
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シャワーも浴びられて、部屋でもwifi使えて、申し分ない。
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思えば、今旅5日目にして初のホテル泊である。
やっとこさリラックスできる。

wifiをつなぐと早速ハサン君へ連絡。
「ついたら連絡頂戴ね!」という彼にレスポンスするととても喜んでくれ、
「セルフィー送ってくれ!」とまで言うので、人生初・自撮りw

ホテルで1時間ほど休憩して21:00、腹ごしらえに外へ。
ロンプラおすすめのMorvaridレストラン訪問。
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だが想定と違う高級店で、かつお勧めと書いてあった名物・クルドキョフテ(ミートボール)が置かれていなかったので断念。
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やっぱ身の丈に合ったレストランに行かないとw
再度外に出ると何やらにぎわった場所。
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そうか、大通りを一歩入るとそこはマーケット。
少し物色するも今日はすでにclose準備。
だが思ったより大規模なマーケットで、明日は楽しめそう。
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おまけ
マーケットにあったケーキ屋さんで売られていた。
キティちゃんもどきww
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で、発見したのが街のケバブ屋さん。
サナンダジはケバブで有名でもあるので、なんでも安い。
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ノーマルケバブはまさかの一本25,000rls(65円)ww
地下の席に通され、注文。
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野菜が練りこまれたケバブ、一本55,000Rls(143円)。
安いがめちゃくちゃ旨かった。
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もう一本頼めばよかった。

会計時、店員の兄ちゃんとしばし談笑。
サナンダジのおすすめスポットを教えてもらったり。
ロンプラ冒頭の説明文の通り、めちゃくちゃフレンドリーな奴らだった。

さて食後は軽く散歩。
南北に延びるメイン通りを北上し、
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街の中心の十字路を西に抜けて
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しばらく歩くと街最大のモスク、マスジ・ジャーメ。
当然ライトアップを期待するも、まさかの真っ暗。
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明日朝リベンジだぜ。

モスクの近くには個人商店を発見。
入口にはイラン人の主食・ナンが大量に。
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軽く物色し、すっかり好きになったイランのお菓子、GAZを個包装で購入。
店主も親切にしてくれました。
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22:00、ホテル着、
のはずがその隣にパン屋を発見してしまい、小腹が空いていたのでカステラっぽいものを購入。
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まさかのカステラのシロップ漬けで衝撃の甘さ。

ホテルについてロビーでオーナーと談笑しながら明日のぶらぶらルートを検討していると、
この土地には珍しくアジア人がロビーにやってきた。
お互い珍しさから意気投合。
彼は「ジェームス」と名乗る中国人。
そこへ彼の友人のスイス人も合流し、明日は3人でタクシーを借り切り、山岳地帯を訪れることに急遽決定w

まーた計画総崩れだが、こんなところも宿を決めない旅、気まま旅の醍醐味ですな。
ホテルのオーナーにもう一泊追加をお願い。
明日7:00AMの再集合を約束し、就寝。

俄然、旅が楽しくなってきた!
posted by namo0622 at 19:03 | 神奈川 ☀ | Comment(0) | イラン&ロシア旅行記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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